あの時の震えるような寒さと、燃えるような喉の痛みは今でも忘れられません。妊娠6ヶ月の頃、私はアデノウイルスに感染しました。最初は単なる疲れだと思っていましたが、翌朝目覚めると世界が歪んで見えるほどの高熱が出ていました。体温計が示した数字は39.2度。お腹の中にはまだ小さな、けれど力強く動く赤ちゃんがいるのに、私の体はウイルスに支配されてしまったような感覚でした。ネットで検索すればするほど、妊娠中の高熱が胎児の脳に影響を与えるのではないか、このまま流産してしまうのではないかというネガティブな情報ばかりが目に飛び込み、涙が止まりませんでした。病院へ行くと、隔離された小さな部屋で検査を受けました。アデノウイルス陽性。先生は「お母さんは辛いけれど、赤ちゃんは意外と強いから大丈夫ですよ」と言ってくれましたが、その言葉を素直に信じられるほど心に余裕はありませんでした。処方されたのは最低限の解熱剤だけ。そこからの5日間は、まさに戦いでした。喉はまるでガラスの破片が詰まっているかのように痛み、お粥一杯を食べるのに1時間近くかかりました。水を飲むたびに激痛が走り、それでも赤ちゃんのために飲まなければならない。義務感と苦痛の間で、何度も心が折れそうになりました。夫は仕事で忙しい中、必死にゼリーやスポーツドリンクを買い出しに行ってくれましたが、寝たきりの私にできることは、ひたすらお腹をさすりながら「元気に育ってね、ごめんね」と謝り続けることだけでした。幸いなことに、胎動だけは途絶えることなく、ポコポコとお腹の中から私を励ましてくれているようでした。熱が下がった後も、しばらくは嗅覚が鈍り、体力が戻るまでにはさらに2週間を要しました。この経験を通じて学んだのは、妊娠という状態がいかに繊細で、かつ強靭なものかということです。病気になったことは決して自分のせいではないのに、自分を責めてしまうのが母親という存在なのかもしれません。でも、後になって考えてみれば、私の体は赤ちゃんを守るために一生懸命ウイルスと戦っていたのです。これから妊娠期間を過ごす皆さんに伝えたいのは、もし病気になっても、自分を責めないでほしいということです。そして、どんなに小さな不安も一人で抱え込まず、医師やパートナーにぶつけてください。アデノウイルスは確かに恐ろしいですが、それを乗り越えた先には、より一層愛おしく感じられる赤ちゃんとの生活が待っています。あの苦しい日々を乗り越えたからこそ、私は今の平穏な日常と、すくすくと育つ我が子をより深く愛せているのだと感じます。
妊娠中の高熱とアデノウイルスに怯えた日々を振り返って